《時の総理や政権を批判することがロックミュージシャンの特権だと勘違いし、自分こそが世の中の代弁者だと認知されると思ってるだろ。考えが甘い。やり直し》
確かに「反体制派」であることがロックミュージシャンのお決まりのポジションだったが、今となっては時代遅れ感しかない。
世の中には一定数「いつも反対している人」がいる。何も肯定しないというか。
ジャーナリストや評論家にも多い。
肯定しているだけじゃ能が無いように見えてしまうので、何か1つとりあえずケチつけておかないと格好悪いというのもあるんだろうが、それがいつもそうだと、次第に他人に対する敬意がない人でしかなくなってしまう。
他人を批判することで自分の主義主張をアピールし、自分という存在をたらしめている人達も多い。
問題は、批判する対象となる人物の存在が大きいからこそ成り立つのであって、その対象者がいなくなり批判するものがなくなった時に、何が残るのかという点。
ワイドショーやパパラッチと同じ。
批判するものがなくなったロックミュージックは何を歌うのか。
と考えるとオモシロイ。
だとすれば無人島で「ロック」は生まれないだろうか。
ということは他人がいて初めて成り立つものなので社会的(集団における自分という目線)だと言える。
ロックは社会派なのか(笑)。
これだけSNSが盛んで、誰でもそれっぽい主義主張を世間に向かって唱えられる時代に、そもそもロックという存在自体が重要視されていないので、活動の場をSNSに移しただけなのか、当該ロックミュージシャンは。
批判ばかりしている人は、一種のアレルギー反応だろうか。それが過剰になってくると自己免疫不全(自分も異物として見なし攻撃すること)に陥るので、時には肯定も必要なんじゃないかと言いたい。
余計なお世話だが。